はじめまして。このたびブログを立ち上げました HIROと申します。

このブログを通してたくさんの人と知り合えたらと思っています。

お知り合いになれた方々と、心あるお付き合いをしていきたいです。

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嬉しい気持ちを

人を愛すれば、自分も愛されたいと願うのは当然のことです。

でも、相手は自分のことをどう思っているのかということばかり気にして臆病になったり、卑屈になったり、嫉妬に駆られたりしては、自分が辛い思いをするばかりでなく、相手にも負担を与えてしまいます。

身勝手な愛情は、思い通りにならなかったときには、憎しみ、恨みに変わります。

相手の立場になって考えてみてください。

警戒しながら接してくる人のことを、好きになれるでしょうか。

私はあなたのことが好きなのだから、あなたも私のことを好きになるべきですという押し付けがましい態度は、まったくの逆効果です。

それは愛ではなく、自分の自尊心を満たすために、相手を利用しようとしているだけなのです。

人を利用し、支配しようとすることは、愛とはまったく対極の行動です。

あなたが相手に利用されるために生きているのではないのと同じように、相手もあなたに利用されるために生きているのではありません。

相手の心を、コンピュータに命令を与えるように操作することは、不可能です。

不可能なことにやっきになって、神経をすり減らしても仕方がありません。

人を愛するためには、強い意志とともに、開き直りにも似た淡白さも必要です。

恩着せがましく愛を要求すれば、相手はたいてい、息苦しさを感じて、離れていきます。

あなたが私をどう思おうと構いません。
ただ、私は、あなたの側にいて、あなたと話をすることが、嬉しくて仕方がないのです。

そういう態度の方が、はるかによい印象をもたれるのではないでしょうか。

素直に、無邪気なほどに、自分の好意を表現するだけでいいのです。

自分と一緒にいることを楽しんでくれる人を嫌いになる人は、まずいないでしょう。

自分にできるかぎりのことをして・・・

posted by HIRO at 10:02 | Comment(0) | 日記

コンプレックス

何らかのコンプレックスをもっているために、
人間関係に対して積極的になれない、という人も多いでしょう。

でも、コンプレックスは、
はっきりと自覚していれば、悪いことではありません。

むしろ、人間として正常な心理状態といえます。

いい部分も悪い部分もひっくるめて、
それがひとつの人格なのです。

欠点があることよりも問題なのは、欠点を認めないことです。

自分の欠点を認めようとしない人は、
人の欠点も許すことができません。

いつも不機嫌で、近寄りがたい人という印象を与えてしまいます。

自分の欠点を隠すことに精一杯で、成長がありません。

人間であれば、誰でも欠点をもっています。

それぞれ、その種類が違うというだけのことです。

皆、互いに許し、許され合っているのです。

悪意のない欠点であれば、
無理に直そうとする必要はありません。

自分を否定しようとすると、かえって自己嫌悪が強まり、
ますます自信をなくしてしまうという
悪循環に陥る可能性があります。

素直に欠点を自覚しさえすれば、それでよいのです。

笑い飛ばすことができれば、もっと理想的です。

何より、あるがままの自分を受け入れることです。

自分を好きになれば、欠点など知らないうちに直ってしまうか、
まったく気にならなくなるか、
いずれにしても、自然によい方向に向かうことでしょう。

posted by HIRO at 10:59 | Comment(0) | 日記

あなたのこだわり

自分なりの信念、こだわりをもち、それを貫くことは重要です。

でも、この「こだわり」というものは、なかなかの曲者で、
頑ななまでの偏狭なこだわりは、視野をせばめ、
人間関係においてさまざまなトラブルを招きます。

あなたのこだわりは、
あなたの人間性を高め、人生を豊かにするものでしょうか。

そうでないなら、そんなこだわりは、
すっぱりと捨ててしまうべきです。

つまらないこだわりは、
自分の劣等感や不安を打ち消そうとする気持ちから生まれます。

他人のちょっとした言動に腹を立て、
わだかまりがなかなか消えないときは、
大きく深呼吸をしましょう。

小さなこだわりを捨てれば、
心に余裕が生まれ、ストレスも減少します。

人を受け入れる広い度量をもてば、
また人からも受け入れてもらえます。

それは決して、主体性をなくして
人に迎合するということではありません。

水は、器に合わせて自在に形を変えますが、
水という成分自体が変化するわけではありません。

水のように、柔軟に、しなやかに生きていきたいものです。

確固たるポリシーをもっている人ほど、
他人の異なる考え方も認めてあげられるものなのです。

posted by HIRO at 10:16 | Comment(1) | 日記

向き合うこととは

相手の目を見て話すこと・・・

これを意識して実行されていない方も多いのではないでしょうか。

人は、嘘をついたり、隠しごとをしたりしている時は、
相手の目を見て話すことができません。

相手の目を見ると言うことは、
「私はあなたに完全に心を開いています」というサインなのです。

この人は、真摯に私と向き合おうとしていると、
よい印象をもたれることでしょう。

目を見るといっても、じっと見つめ続けるのも変ですので、
実際には、鼻のあたりを見ながら、
時々ちらりと目を見るのがよいと思います。

恥ずかしいからといって、目をそらせてしまっては、
相手の機嫌を害する可能性さえあります。

特に、目があった時に、横にそらしてしまうのは最悪です。

相手を蔑視していると勘違いされても仕方がありません。

どうしても目をそらしてしまうなら、下にそらすべきです。

これなら、単に恥ずかしがっているだけと見られ、
マイナスの印象は与えないでしょう。

目を見ながら話すということは、
自分の心からの誠意を示すということです。

どれだけ多くの言葉を並べるよりも、大きな効果があるでしょう。

posted by HIRO at 09:48 | Comment(0) | 日記

幸せの気づき

愛される人は幸せです。

「愛されるから幸せ」なのではなく、
「幸せだから愛される」のです。

幸せは、どこにあるのでしょうか。

運のいい人だけが、
たまたま手に入れられるものなのでしょうか。

人は誰でも、幸せになることができます。

人間の幸、不幸は、
客観的な現実によって決まるのではありません。

その現実をどう受け止めるかによって決まるのです。

もしもあなたが、「私は不幸だ」と嘆いているならば、
不幸とは、「与えられたものへの感謝を忘れ、
ないものばかりを数えて不満をいうこと」をいいます。

繰り返しますが、
人は誰でも、必ず、幸せになることができます。

何か形のあるものを手に入れる必要はありません。

幸せに気づきさえすればよいのです。

幸せは、人生のゴールではありません。
スタート地点です。

幸せからすべてが始まるのです。

「他人に幸せにしてもらいたい」と願うのではなく、

まず自分の幸せを認識することが、愛される一番の近道です。

幸せな人のまわりには、自然と人が集まります。

そして、幸せは人から人へ伝染し、
ますます増幅していくことでしょう。

posted by HIRO at 13:12 | Comment(0) | 日記

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