はじめまして。このたびブログを立ち上げました HIROと申します。

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自信のない人

人間は、文字通り、人と人の間にあってこそ意味のある存在ですから、他人からの評価というものは、重要です。

人の目があるから恥ずかしくない生き方をしようと、プラスに考えられればよいのですが、自分に自信のない人は、いつも他人にどう見られているかばかりを気にして、他人からの評価が自分の価値のすべてであるかのように思い込んでしまいがちです。

人の評価に一喜一憂して、神経をすり減らしていては、きりがありません。

人にバカにされたからといって、あなたの人間としての価値が下がるわけではないのです。

逆に、あなたが誰かのことをバカにしたからといって、その人の価値を下げることができるでしょうか。そんなことは、不可能です。それと同じことです。

自分の値打ちは、自分で決めればよいのです。

人を愛し、愛されるためには、心が健全でなくてはなりません。自分に自信がなければ、他人を尊重することはできません。

自信をもてることの何ひとつない人間は、どうすればいいのかという反論があるかもしれません。
でも、自信をもつということに、特別な根拠などいらないのです。

自分は、この世の中でたったひとりの、かけがえのない存在である。
だから、自分は、生きているというだけで値打ちがあるという理由でいいのです。

どうせ自分なんて、何の値打ちもないと、自分を卑下する人は、本当は、愛されたい、認められたいと願望が人一倍強い人です。

自分が他人から否定されることを怖れすぎるあまり、先に自己否定することにより、けん制してしまっているのです。

厳しい言い方ですが、自信のない人というのは、控えめに見えて、実は、自分のことしか頭にない、ごう慢な人です。

他人が変わらなければ、自分も変われないと思っているから、そこで成長がとまってしまうのです。

まず、心のとらわれをはっきりと自覚し、そこから解放されなくてはいけません。

自信をもてばもつほど、他人を思いやる気持ちが生まれ、謙虚になれます。

自分が大切だからこそ、人も同様に自分が大切だと考えていることを認めてあげられる、それが健全な人間関係というものではないでしょうか。
posted by HIRO at 16:22 | Comment(25) | 日記

本当の愛とは

心の温かい両親のもとに生まれ、無条件に愛情をいっぱい受けて育った人は、自信をもち、何ごとも肯定的にとらえることができます。

自分と同様に相手の価値も認め、人を信じ、尊重し、愛することができるから、自分もまた人から愛されるという、いい循環が自然に生まれます。

では、親に愛されなかった人は、どうすればいいのでしょうか。

人間は弱いもので、まず自分が誰かに心から愛されるという経験をもち、その喜びを実感できなければ、なかなか人を愛することはできません。

幼い子供は、親に頼らなくては、生きていけません。
親の存在というものは、自分の世界のすべてであり、生死にもかかわる重要な問題です。

その感覚を引きずったまま、大人になって社会にでると、世の中というものを、家族を拡大したものだと考えてしまいます。

運悪く、冷たい家族の中で育った人は、世間もどうせ冷たいものだと思ってしまうのです。
人に嫌われるということに、死ぬほどの恐怖を感じてしまい、ビクビクと人のご機嫌ばかりうかがってしまいます。

子供の頃にうえつけられた、間違った感覚を捨てなければなりません。
親に愛されなかったことは不運でしたが、それはまさに、単なる不運にすぎなかった、というだけのことです。

世の中には、何も悪いことをしていないのに、交通事故で大けがをしたり、家が火事になったり、なぜ自分がこんな目にと思うような不運に見舞われる人は、たくさんいます。

それと同じで、不運は誰にでも起こりうることであり、仕方のないことです。

逆に、自分には、絶対にいいことしか起こらないと判っていたとしたら、そんな人生が楽しいでしょうか。

運が悪かったのは、自分の責任ではありません。
しかし、不運を嘆いて、心を閉ざしてしまったり、攻撃的になったりして、人から嫌われる人間になってしまえば、それは自分の責任です。

どんなに辛くても、愛される資格を放棄してはいけません。
まず、自分が愛されたかったように、無条件に、誰かを心から愛してみましょう。

その愛が必ず報われるという保証はありませんが、怖れてはいけません。
怖れを感じたなら、それは、相手も当然、自分を愛してくれるべきと、見返りを要求している証拠です。

あなたが理想に描いていた本当の愛とは、そんな恩着せがましいものではなかったはずです。
本当に人を愛したとき、怖れというものは、完全に消え去ります。

愛は、いくら分け与えても、決して減ることはありません。

posted by HIRO at 07:37 | Comment(8) | 日記

不機嫌になるということは?

不機嫌は、害悪のもとです。

子供は、不満があっても、それをうまく表現する言葉を持たないし、大人と対等にわたり合うこともできないので、すねたり、だだをこねたりするという手段を用いるのもやむをえません。

でも、結局、不機嫌からは何も解決策は生み出されないし、むしろ事態を悪化させるだけであるということを学ぶことが、大人になるということではないでしょうか。

不機嫌の原因が相手のせいであっても、自分が不機嫌になるということが、子供じみた行為であることを認識すべきでしょう。

相手に腹が立ったとき、怒りにまかせて文句を言ったり、仕返しをしたりすることが、相手に勝つということではありません。

嫌なこと、辛いことは避けられなくても、不機嫌は心がけ次第で避けられます。

ムカツク、キレルなどという言葉は、自分の甘えや弱さから出てくるものです。

不満があるなら、知恵をしぼって、前向きな解決策を考え出すべきでしょう。

それができない自分、いいたいことをはっきりいえない自分へのふがいなさが、ますます不機嫌を増幅させてしまうのです。

自分をごまかしてはいけません。

誰も、不機嫌な人と仲良くしたいとは思わないでしょう。
ニコニコと機嫌よくしていれば、自然とまわりに人が集まってくるものです。

相手に媚びを売るというのではありません。
媚びを売るのは、自分に自信のない人です。

笑顔で相手に接するということは、相手を尊重するということです。

朝、目を覚ますと、まっさらな一日があなたを迎えてくれます。

あなたは、今日という日を、にこやかに楽しく過ごしますか、それとも、イライラと腹を立てて、台無しにしますか。

posted by HIRO at 09:58 | Comment(1) | 日記

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